• 当時の相馬中央病院




    3月11日(金)



    午後2時46分 地鳴りと共にマグニチュード9.0、震度6弱の巨大地震に襲われる。 建物に大きな損傷は無かったが、院内では、本棚やカルテラックが倒壊し、棚から物が落下するなど、いたるところでカルテや本、物が床に散乱する。 外来患者を、直ちに駐車場に避難誘導し、病棟や透析室では、スタッフが患者のベッドを押さえるなど、懸命に患者の安全確保に努めた。点滴中の患者も大勢おり、激しい揺れの中で点滴台をベッドに括りつけたりした。突然停電し、自家発電システムに切り替わるが、すぐに電気が復活する。 揺れは5~6分程度続いて収まった。ロビーのテレビでは、大津波警報が報道されている。当初の報道では、2~3メートルの津波とのことだった。この程度の津波警報では、大した被害は出ないであろうというのが、大半の相馬市民の感覚であったと思う。 職員は、報道内容を確認することより、院内の被害状況の確認に走る。 病院施設や医療機器等には多少被害が発生したようだが、幸い、外来患者、入院患者、透析患者や来院していた付き添いのご家族をはじめ、勤務中の職員は全員無事で、人的被害が皆無であることが確認できた。しかし、インターネットや固定電話・携帯電話がほとんど通じず、勤務外の職員の安否は確認できない。電気は復活後安定的に供給されているが、地震後間もなく断水、院内に供給する浄水タンクも枯渇し、飲用はもちろんトイレも使用不能となった。これを知った患者の家族からは飲料水の支援が有り、断水していない看護師の自宅から、ペットボトルで水を搬入した。栄養部ではガスも使用できなくなる。   院内の被害状況が徐々に明らかになる。   医事課では、カルテラックの大半が倒れ、床にはカルテが散乱している。外来診察室や病棟をはじめとして院内のいたる所で床に物や書類が散乱している。検査室では恒温槽の水があふれ床に流れている。中でも最大の影響を受けたのは透析室だった。    地震発生時、透析室では3名が透析中で、1名が終了後の止血中だった。医師より透析中止、避難の指示を得て、揺れが治まった時点で通常血液回収、透析治療終了とした。機器類では、水処理装置の配管が断裂したことに加え、断水による給水塔内の水の枯渇で、明日からの透析が行えない状況となった。メーカーに修理を依頼しようとしたが、電話がつながらない。緊急を要することから、取引きのある設備業者に何とか修理できないか依頼する。   被災時には、常勤医師5名、福島県立医科大学から出向の透析治療担当の非常勤医師1名が勤務し、看護師他のスタッフは通常勤務体制であったが、全員協力して診療、復旧にあたる。   外来には、地震による救急患者が、多数来院する。報道では、6から7メートルの大津波来襲のニュースが流れる。宮城県の津波襲来の映像が流れる。相当な被害のようだ。相馬の様子は不明。病院の裏を流れる小泉川を見に行く。津波による激しい逆流が起こっているが、堤防の上端までは1から1.5メートルの余裕があり、病院が津波の被害を受ける可能性は低いと思われる。目の前を1艘の浦船が上流方向に流されて行く。   午後4時過ぎになると、来院する患者の様子が変わる。相馬市の海岸部が7~8メートルの津波に襲われ、壊滅的な被害を受けたことを伝え聞く。外来患者が更に多くなり、中には服が濡れ、裸足で来院する市民もいる。しかし、重傷を負った患者はほとんどいない。地震でけがをした人はどうなったのか。 正面玄関内に仮設受付を設置し、来院患者の整理を行う。伝わってきた話では、海岸部の原釜、松川、岩ノ子、磯部、蒲庭地区の家々は、津波で壊滅的な被害を受け、多数の死者・行方不明者が出ているようだ。道路も至る所で被害を受け、国道6号線は上下線とも通行不能、JR常磐線も各所で駅舎や線路が流失した。県庁所在地福島市と相馬市を結ぶ国道115号線は山岳道路であり、落石で通行不能であろう。完全に交通が遮断され、相馬市は完全に孤立したものと思われる。   午後4時36分、福島原子力発電所が津波の被害を受け、全電源が喪失し、冷却装置が機能していないとのTV報道があった。しかし、それが何を意味するものかまで考える余裕がない。この時点では、院内の正常化が最優先の課題であった。通常、病院は午後5時30分で閉院するが、津波による被害が甚大であると伝わってきているため閉院せず、そのまま外来診療を継続する。    一方、透析関係機器の修理については、交通が混乱している中、設備業者が当院に到着し、修理できるかどうかわからないが、とにかくやってみるということで、午後11時頃から修理に取り掛かった。その結果、何とか修理を完了し、水処理装置の試運転を開始。午前零時頃には、透析機器類は全て使用可能となった。透析用の水についても、透析機器類の整備と並行し、確保方法を模索していたが、自衛隊福島駐屯地の部隊の給水車を病院に向けるとの連絡が市役所から入る。これで水は何とかなると安堵するとともに、相馬市と福島市を結ぶ国道115号線が通行可能であることを知り、一筋の光が見えた。 午後11時頃、自衛隊の給水車が到着した。しかし、水は届いたものの給水車には高架貯水槽まで水を上げるポンプが付いていない。そこで、市消防団に協力を依頼し、消火用のホースと可動式のポンプを使い、屋上の貯水槽に水を供給してもらった。2機の貯水槽は、合計で約8トンの水が貯留できるが、自衛隊の給水車が搬送できる水量は1回に1.5トンであり、市内各所に給水を行うため、この後は来られないという。当院では、1回の透析治療で約4トン程度の水が必要となる。水が不足すれば、透析治療は行えない。このため、市に協力を依頼。相馬地方水道企業団の給水車によるピストン輸送を行い、翌早朝までに貯水槽満杯の水を確保し、継続して透析治療を行える体制を整えた。しかし、貯水槽の水は、あくまでも透析治療用として確保しておく必要から、飲用及びトイレ用には使用できない。栄養部は、調理室にある大鍋やポリバケツなどをかき集め、最低限の調理用水を確保する。 この給水は、上水道が復旧し、安定的に水が確保できるようになった3月16日まで、昼夜続行することとなる。 震災当日は、3月とはいえ、最高気温は6度、最低気温は零下4度という冷え込みであった。しかし、温水・給湯ボイラーが被害を受け、院内を暖房できない。病棟では院内にあった布団、毛布をかき集め、また、限られた水を活用し、湯たんぽなどで患者の保温に努めた。   一方、栄養部は、ガス、給湯が使用できず、非常食を電気により温める。地震の影響でエレベーターが使えないため、2階、3階の各病室へ、職域を越えて職員が集まり、人海戦術で配ぜんした。ガスは午後8時頃には復旧したが、食料の備蓄は少量のため、ライフラインの早期復旧と流通の確保が、入院患者の生命を守るために、何よりも重要な問題であった。 医事課職員は、明日からの診療業務を可能とするため、夜を徹して倒壊したカルテラックの撤去など、整理作業を続けた。 当院の医師は、院長を先頭に外来診察や病棟の診察など、自宅の被害を確認する暇もなく診察・治療に従事し、時間を見つけては仮眠をとりながら、翌朝まで院内を奔走した。休日や夜勤明けの職員も、家族の安全を確保した後、徒歩あるいは自転車などで病院へ辿り着く。その中には、津波で家を流された職員も何名かいたが、寒さの中、朝まで頑張った。食料品の調達もままならないので、栄養部では、備蓄している米をやりくりし、職員におにぎりの炊き出しを行う。 市内はあちこちで停電しているようで、夜になるといつもより辺りが暗い感じがする。被災し、不安を抱えて夜を過ごしている方も多いことから、病院は問題なく診療を行っていることを知ってもらい、少しでも市民が安心できるよう、夜間も玄関ロビーや待合室の電気を点けたままにした。 翌日、テレビ報道で日知ることになるが、福島第一原子力発電所は危機的な状況に陥り、午後7時3分、政府は「原子力緊急事態宣言」を発令し、午後9時23分には半径3km以内の住民に避難命令が、半径10km圏内の住民に対し屋内待機の指示が発せられていた。 外来患者数 約150名 入院患者数  96名(第一病棟 50名、第2病棟 46名)


    3月12日(土)



    午前5時44分、原発から半径10kmの範囲に避難指示が出された。刻々と原発事故の影響が広がっている。当院まで影響が及ぶのか、全く不明である。相変わらず、正確な情報は何も無い。ただ、TV報道のみだ。 午前6時に、診療希望者が来院した。   本日は基本的に急患・救急対応とし、昨日から勤務している医師、スタッフで、午前8時に外来診療を開始する。また、当院医師が病院付近の避難所に赴き、診察を行う。当院の院外調剤薬局薬剤師から、相馬地区での薬の残量の把握ができていないので、止むを得ない患者以外は、短期間の処方をお願いしたいとの連絡が入る。  外来には、津波で薬を流された患者が多数来院する。このため、診察の必要な人を除き、内服薬処方を主体的に行った。通信網が機能せず、道路も各地で寸断されていて物流が途絶えているため、薬の処方は1週間分とする。また、親族との連絡が取れない家族の方々が、もしかしたら当院に入院していないか、あるいは、外来で治療を受けた記録がないか、家族の安否を訪ねて、ひっきりなしに来院する。  透析室では医師と相談し、透析時間を3時間の短時間透析に変更し、治療を開始した。しかし、流通が途絶えているため、在庫の透析液、生理食塩水が1週間分しか無い。このため従来からの透析患者を優先とし、新たな透析患者の受け入れは原則として行わない方針を決定する。その後、公立相馬総合病院から、透析機器の損傷で治療不能となったため、生理食塩水など必要な薬剤を持参の上、当院の機器で透析治療を行いたい旨要請された。午後2時には、公立相馬総合病院の医師・スタッフがこれらの患者を引率して来院し、透析治療を開始した。また、お昼前に、新地前役場から、透析患者の受け入れの要請の電話があった。常磐線上り列車で北茨城市に帰る途中で震災にあい、新地駅に停車中に何とか津波から逃げ、新地町役場に避難している方だそうだ。院内で協議した結果、受け入れることとし、午後に治療を開始した。本日も気温が低く、ボイラーが使用できない院内は、まるで冷蔵庫の中のようだ。透析室では、加湿器で湯たんぽを温めて患者の暖を取る。   患者待合室のTVでは、津波被害と原発の状況報道が延々と続いている。我々が体験したことの無い放射線の影響や、耳慣れないシーベルトなどという言葉が報道されている。電話も相変わらず通じず、物流も途絶えている。市内の小売店では商品が補給できず、次々と店を閉じている。ガソリンスタンドも閉じてしまった。医薬品と食料が、いつまでもつか不安だ。栄養部では、水の確保が困難なため、汚れを落としやすいように油を控えた献立へと変更し、大量の水を必要とする食器洗浄機の使用を止め、煮沸消毒やお盆をアルコールで拭くなど、衛生管理にも工夫をする。   津波で被災した方々の避難所が当院近くにも開設され、避難者の方々の健康管理のため、市の要請を受け、往診に出かける。医事課では、昨日に引き続きダンボール箱を利用してカルテの整理に追われ、夕方には何とかカルテを出せる状況まで復旧させる。 一方、政府は、午前5時44分に、原発から半径10キロまで区域を拡大し、避難指示を発令した。地域住民が続々と避難を行う。福島第一原子力発電所では、午前10時頃、原子炉格納容器の圧力を下げるため容器内の水蒸気を放出した。午後3時30分頃には、1号炉で水素爆発が発生し、大量の放射能物質が大気中に放出された。午後6時25分には、避難指示区域がさらに半径20キロに拡大された。午後8時20分には、1号機の原子炉圧力容器内の核燃料冷却のため、海水の注入が開始された。 当院の南に位置する南相馬市では、市民の避難が相次ぎ、避難のために処方薬を求めて当院を訪れる来院者が多くなってきた。当院の職員も内心では動揺しているようだが、皆必死に勤務している。市の放射線測定結果を照会してみたが、大きな数値とはなっていないとのことだ。しかし、放射線の影響を心配し、避難のため病院を去る職員も出始めた。通常だと土曜日は午前中で閉院だが、次々と外来患者が来るため、午後も継続して診療とする。 インターネットや電話はほとんど通じない。かろうじて携帯電話のメールがたまに通じる程度であった。水道も復旧しない。昨日に引き続き、上水の確保に奔走するが、十分には確保できず、透析治療用と調理用だけに使用を制限し、院内のほとんどのトイレを使用停止としている。ボイラーの修理も見込みが立たない。そのような中で、職員の安否は、准看護師1名を除き、無事が確認できた。しかし、家を津波で流されたり、親戚などを亡くした職員は、大勢いた。中には、避難所から出勤してきた職員もいる。多くの職員は、患者の生命を守るとの使命感から、各部署を超え、協力して病院機能の維持のため、懸命に働いている。 市内ではほとんどの商店が店を閉め、ガソリンは全く手に入らなくなってしまった。  市街から通勤していた職員も、ガソリンが無く通勤できない。万一、福島原発の事故で相馬まで避難区域が広がったときに、患者を含め職員を避難させることができるか不安だ。昨日から引き続き勤務している職員にも、帰宅できない者が多数出てきた。泌尿器科の医師は、福島県立医科大学からの非常勤医師で、本来であれば本日大学に戻る予定であった。夕方には、大学から帰るよう連絡があったようだが、ガソリンが無いので帰らず、このまま引き続き当院で診療に当たるとの話があった。    ガソリンだけではなく、懸命に頑張っている職員も、食事をすることができない。食事ができなければ、病院の機能の維持もままならない。今日も職員一人当たりおにぎり1個の炊き出しを行う。 午後5時30分に、医師をはじめとして本日勤務している全職員に対し、院長より、「原発の状況について正確な情報はないものの、市とは密接に情報交換をしており、病院として活動できる限り、一致団結して医療を守っていきたい。避難等の判断は、私に任せてもらいたい。」と、話があった。職員からは、一様に頑張る意気込みが感じられる。      他院から受け入れた患者の透析は、午後11時30分に終了した。福島原発の状況もますます悪化しているようだ。当院でもいつまで診療ができるのかわからない。医薬品も物流が止まりいつ入るか不明。透析液の在庫は、透析液が残り4日分、生理食塩水は6日分となっており、このままでは、透析治療が不能となる。食料もいつまでもつか不安だ。明日は、透析治療は休みだが、貯水タンクを満タンにし、調理用水も確保し、本日の給水活動を終了する。昨日から勤務しているスタッフは、可能な限り帰宅し休養することとするが、ガソリンの調達ができず、病院に残るスタッフも大勢いる。      閉院後も、行方不明者の消息をたずねて来る方が、多数来院される。   今夜も、気温が低く、院内は冷え冷えとしてきた。病棟では、湯たんぽなどを使い入院患者の体温保持に苦労する。 外来患者数 138名 入院患者数  99名(第一病棟 51名、第2病棟 48名)


    3月13日(日)



    本日は、休院日で、透析治療も休みだが、市内の被災状況も考え、正面玄関を開け、急患・救急対応で診療を開始する。      午前8時41分、福島原発3号機の原子炉圧力容器内の圧力が高いことへの対応で、同容器内の水蒸気を放出したとのニュースが流れる。それと同時に放射線が排出されたらしい。そのためか、南相馬市民が、相馬市に避難してきているらしい。本院を訪ねる患者にも、南相馬市民が目立ってきている。ほとんどの方が、毎日服用している薬を自宅に置いたまま避難し、処方を求めて来院する。しかし、電話は、固定電話、携帯電話とも依然として通じにくく、物流もストップし、薬の在庫も少なくなってきているので、当院の患者以外の方には、3日分の薬を処方し、帰っていただく。水道も依然として断水したままだ。当院周辺の方がトイレを借りに訪ねてくるが、院内のトイレも使用できない。当院の自動販売機へ、飲料水等を買いに来る市民も大勢おり、ついに在庫が途切れ、自販機の電源を切る。栄養部では、食材のストックが3日分となったため、1品献立へと変更する。   福島県をはじめ、宮城県、岩手県でガソリンが底をつき、全く手に入らない。遠方から通勤している職員は、出勤できなくなった。当院の救急車などは、残ったガソリンを考えながら運用している。院内では、断水のため震災当日から内視鏡室、検査室が機能できず、放射線科の職員も併せて、医事課などを手伝っている。   TVの原発関連報道では、事態は落ち着く気配がなく、燃料棒が露出し始めているなど、むしろ悪化しているように感じられる。1号機に引き続き3号機でも午後12時55分に海水の注入が開始される。しかし、思うように水位が上昇しないと、報道されている。原発の安定は、全く想定できない状況のようだ。そのような中でも患者は比較的落ち着いている。しかし、余震が頻発し、再び巨大な地震が来るのではないかと、不安になる。ちょっと大きな余震が来ると、患者ばかりでなくスタッフの間からも、思わず声が漏れてくる。      津波で沖合に流され、瓦礫を集めた筏に乗って3日間漂流し、海上自衛隊のイージス艦に救助された男性が、午後3時頃救急搬送されてきた。顔に擦り傷程度の怪我を負っていたが、比較的しっかりしており、当院に当到着したときは、救急隊員に支えられながらも、自力で歩いてきた。治療後しばらく院内で休んでいたが、沈痛な面持ちで、「生きていただけでも幸せだ。しかし、妻が、自分の目の前で沈んでいってしまった。」と涙ながらに語っていた。このニュースを多数のマスコミが取材に来て、インタビューしたいと申し込んできたが、当事者本人がこれ以上つらい思いをしたくないとのことであったので、何とかすべてお断りして帰っていただいた。   午後6時には、震災当日から発令されていた大津波警報が解除された。今日は日曜日のせいもあってか、外来患者は昨日と比べさほどでもなく、救急体制として閉院した。原発事故によってスタッフにもさらに動揺が広がっているため、全スタッフを集めてミーティングを行い、院長から「報道に惑わされず、避難の時期は市などの情報をもとに院長が判断する。患者、職員の命は守る。」と、話があり、院内の不安も少し落ち着いたようである。車通勤のスタッフは、ガソリン不足のせいもあって帰宅せず、待合室の椅子を寄せて仮眠を取るなど、明日の診療に備える。 外来患者数 42名 入院患者数  99名(第一病棟 51名、第2病棟 48名) 


    3月14日(月)

    早朝、突然、貯水タンクの渇水ブザーがなり、確認したところ水位が相当下がっていた。昨日は満水を確認していたが、なぜ渇水状態になったのか全く不明だ。本日は透析の治療を予定しており、このままでは1回目の治療は開始できるものの、予定している全ての患者の治療を完了することができない。電話もまだ通じない。ガソリンも全く供給されない。止むを得ず、一番燃費の良い病院の車両で市役所に行き、給水車の手配をお願いする。午前7時30分より第一回目の透析治療を開始し、並行して水を確保する一日となった。      本日も急患・救急対応とし、午前8時に診療を開始する。原発の影響で南相馬市からの避難者が増えているらしく、旧相馬女子高が避難所となったとのことだ。そのためか、本日も投薬を希望する患者が多数来院している。医薬品の納入も全く途絶えており、今後の確保の見通しも立たないことから、処方を原則7日分として対応する。当院の判断で、震災以来被災した方からは、自己負担分を頂かない対応としていたが、地震、津波による被災者は自己負担分の支払いを猶予する旨、国からの通知があった。 午前10時頃、突然、大津波情報をTVが報道する。3月11日に匹敵する規模の津波とのこと。先日の津波により、海岸線の防波堤は壊滅的な被害を受けており、今回は当院まで影響が及ぶ恐れがある。院内に緊急放送を行い、外来患者、入院患者及び職員を3階以上に誘導し避難させる。外来患者の中には、津波で被災した方も多く、皆、緊張の色を隠せない。消防車両、警察車両、自衛隊の車両が続々と海岸方向へ走り去る。しかし、津波到達予想時間になっても、一向に大津波が来襲する気配がない。屋上から松川浦方面を見ても、とても津波が来ているような様子は無い。病院裏の小泉川も昨日と異なり、水位の変化が全くない。結局、大津波警報は誤報であるとのことで、皆、胸をなでおろす。   午前11時1分、福島原発3号機が爆発し、黒煙が立ち上っている様子を、TVが報道する。国は、「放射性物質が大量に飛散している可能性は低い。」と発表しているようだが、TVを見つめる患者やスタッフの顔には、不安が色濃く漂っている。相変わらず頻繁に起こる余震に対する恐怖と、放射線に対する不安が折り重なってきている。      福島市にある食材取引業者が、注文を受けていた食材に加え、在庫の食材も集めて配達に来た。しかし、福島市内もガソリン不足のため、次の配達の予定はわからないと告げられる。一両日の食材は何とかなりそうだが、今後の供給の見込が立たない状態では、とても安心な状況にはなっていない。当院の近くにあるスーパーが営業しているとの情報があり、職員が購入に行くが、ほとんど食品が無い状態で、満足に買えずに帰ってくる。また、夕方になって、市から救援物資として毛布の配給がある。連日厳しい冷え込みのなか、暖房が使用不能な状態で、患者の保温や、泊まり込みで奮闘している職員にとって、本当にありがたい救援だった。  午後6時には、公立相馬総合病院の透析患者の治療も終了した。水道が復旧した地域もあるようだが、当院を含めた地域は、依然として断水しており、透析用及び調理用の水の給水を続けて受ける。  電話は依然として不安定な状況だが、時々通じるようになってきている。しかし、安否確認のできない准看護師1名は、行方不明となったままだ。インターネットは、依然として全く接続できない。   夜に入って、帰宅可能なスタッフは帰宅するが、車で通勤している職員は、今夜も院内で仮眠を取る。待合室の長椅子を寄せあわせ、外来患者用の毛布を持ってきたりして眠る。だが、震災以来の疲労も重なり、皆熟睡している。福島原発の状態は、悪化の一途を辿っているようで、午後7時45分には、2号機の燃料棒が全部露出したとの報道があった。今後の見通しは一切不明だ。 外来患者数 126名 入院患者数  98名(第一病棟 48名、第2病棟 50名)


    3月15日(火)



    午前6時14分、福島原発4号機で異音がし壁の一部が吹き飛んだ。3号機では再び白煙が上がっている。続いて2号機でも白煙が確認される。ついに1号機から4号機までが損傷し、放射性物質が放出されている模様だ。   午前11時6分には、原発の半径20kmから30kmの範囲に屋内退避の指示が出る。南相馬市鹿島区の一部までが範囲となった。当院まではあと十数キロだ。院内には、これまで以上に放射線への不安が高まる。子供への影響を考えて避難することに決めたので出勤できないと、泣きながら電話で訴えてくる職員も出てきた。      このような状況の中、相馬市内に踏みとどまっている職員総出で、本日の診療を急患・救急対応で開始する。公立相馬総合病院では透析治療用の機器が修復され、本日から自院で治療できることとなった。物流は依然として回復していない。ガソリンも全く入手できない。原発状況の一層の悪化で、南相馬市からの自主避難者が相馬市に多数入ってきているらしい。避難のための薬を求める患者が、絶え間なくやって来る。 午前10時頃、震災以来初めて朗報が入った。当院の地域の水道が復旧したとのこと。これで給水の苦労が無くなると、職員一同、手をとって喜んだ。トイレも使用できるようになる。透析用の水も確保できる。と、思ったが、蛇口をひねっても、震災前のように水が出ない。貯水タンクにも期待したほど水が供給されない。病院の敷地を巡回してみると、水道局の給水管と院内への給水管の継ぎ目から水が噴き出している。この状態では到底本日必要な水量には達しない。急いで給水車を手配するとともに、設備業者に連絡し、修理を依頼する。 物流も全く途絶えている。近くのコンビニも、ガラス面に新聞紙等を張り付け、店内が見えないようにして、店を閉じている。当院の取引業者の各営業所も続々と南相馬市から撤退しているようだ。食材の確保もできず、医薬品もいつ届くか全く検討がつかない。薬問屋も連絡がつかない。連絡がついてもガソリンが無い、と断られる。また、南相馬市の一部が避難区域、さらには本日になって屋内退避区域に拡大指示があったと、盛んにテレビで報道されているために、当院のある相馬市と混同され、福島市などの業者は、放射線の影響で当院まで来られないという取引業者まで出てきた。さらには、14日からマスコミの記者の姿も全く見えない。一様に放射線を警戒し、相馬市には近づかないようにしているらしい。しかし、在庫が残り少なくなっていた待望の透析用の生理食塩水と透析液が納品された。これで、3月中の透析治療が可能となる。やっと当院の業務継続に、わずかではあるが明かりが見えた。      夕方になって水道管の応急処置が終了し、院内の水道が復活した。やっと水の確保に奔走する必要が無くなった。本日まで昼夜を分かたず水を運んで来てくれ、その水を貯水タンクまでポンプアップしてくれた市の職員、消防団の皆さまに心から感謝申し上げる。電話、メール共に、やっと正常に通じ始める。 院内はライフラインがやっと整って、落ち着きを取り戻しつつあるが、福島第一原発は、危機的状況となっているようだ。炉心や核燃料プールの冷却ができなくなっているらしい。圧力容器の爆発も懸念されている。今回の原発事故以来、外来患者待合室や職員の間で、「マイクロシーベルト」という初めて聞く言葉が飛び交っている。放射線の恐怖が、いよいよ身近に迫っているという、緊迫感が伝わってくる。南相馬市内の屋内退避区域にある病院は、看護師などの非難が相次いでおり、相馬市同様医薬品の供給もなく、大変な状況になっているらしい。入院患者の移送も始まっているようだ。 午後5時30分より、院内で勤務している全ての職員を集め、ミーティングを行う。院長から「市からは放射線の数値はそんなに高くはないと連絡を受けた。南相馬市の病院では、入院患者の転院が始まっているが、院長の判断で、患者、職員の命は守る。そのためにも、当院でも退院可能な入院患者は、家族とも相談し、退院としていく。市との連絡は密にしているので、もう少しの頑張りだ。」と、話がある。その場にいた職員からは、一様に病院を守るという決意が伝わってくる。職員から「職員だけでなく、患者の安心を確保するためにも、放射線の数値を院内に掲示してはどうか。」と提案があり、明日よりさっそく実施するために、市に協力を依頼する。 水道が復旧して水の確保もめどがついたので、帰れる職員は帰宅する。しかし、ガソリンの不足と、自宅が被害を受けた職員など、依然として病院にとどまる職員も多い。炊き出しのおにぎりを食べながら、夜を過ごす。 震災以来、福島に帰らず透析室の診療を行ってくれていた福島県立医科大学の泌尿器科非常勤医師に、大学から迎えのタクシーが来ることになった。当院の患者以外にも公立相馬総合病院からの透析患者を含め、救急搬送された延19名の患者の治療が無事できたのも、震災以来休むことなく透析治療を続けてくれた医師のおかげであり、医師不在は当院だけでなく地域としても大きな痛手だ。午後10時ごろタクシーが到着したが、それまでの間、カルテの整理なども全て終わらせて帰って行った。当院としても心から感謝せずにはいられない。明日からの治療をどうするか検討した結果、院長が、公立相馬総合病院と連携できるよう調整し、常勤医師の頑張りで治療を継続することとなった。当院の透析患者のうち、3名が治療に来ない。連絡もつかず、海岸方面に住んでいる方なので、あるいは津波に呑まれたのか。市役所に発表されている避難者名簿にも見当たらない。 夕方から雪が舞い始め、底冷えのする中、行方不明者の消息を尋ねる方が、時間を問わずやって来る。救急搬送される患者も平常時より多い。南相馬市方面の患者も多く搬送される。医師も昼夜を問わない連日の激務で、相当に疲労の色が濃くなっている。病院の福利厚生施設を宿舎として活用する。 外来患者数 100名 入院患者数  88名(第一病棟 43名、第2病棟 45名)


    3月16日(水)

    悲報が入る。行方不明となっていた当院の看護職員の遺体が発見されたとのことだ。残念ながら、とうとう1名の犠牲者が出てしまった。震災当日は、夜勤明けで、引継ぎを受けた看護師もいて、皆ショックを受けたようだ。心より冥福を祈る。 相馬市からの放射線量の報告が入る。午前8時現在、2.0マイクロシーベルト毎時ということだ。報道で言っていることから判断すれば心配はないということで、院内各所に掲示する。     震災以来、初めてとなるレントゲン撮影をおこなった。完成した映像を見たところ、画面の至る所に黒点が見える。放射性物質のせいか?今後注意して経過を見ることにした。  冷え込みが続く中、急患・救急対応で診察を開始する。昨日、屋内退避区域が新たに指示されたことで、避難に必要な薬を求める南相馬市の方が、一層増えてきた。薬はまだ供給の見込が立たないため、1週間分の処方で我慢していただく。安否確認や透析受け入れの問い合わせが多数寄せられる。しかし、透析液の在庫も残り少なく、まだ新規透析患者の受け入れはできない。食料や経管栄養剤の確保も見込みが立たず、夜になると後何日分の在庫量か計算する毎日となっている。経管栄養剤を購入していた業者は、南相馬市内の営業所を閉鎖し、所在が分からなくなっている。仕方なく在庫量をやりくりし、1日でも長く持たせるよう、本日より経管栄養は一日2回で約600カロリーまで落とし、食事時間も朝食8時、夕食5時へと変更した。それでも経管栄養剤は月末までしか持ちそうにない。   午後になって日本薬剤師会から相双地区薬剤師会を通じて支援の薬品が届く。市内の調剤薬局がほとんど営業していなかったため、当院に届けてくれた。東京の調剤薬局の協力で集まった錠剤など多種類の薬剤だった。量はそれほど多くは無かったが、物流が途絶えている状況で、一息つけた状態だった。       水道水は安定して供給されており、透析用の水も十分に確保されている。検査室でも水が確保されたことで、院内での各種検査を再開した。ただし、透析治療を担当する泌尿器科の医師が不在となり、公立相馬総合病院との連携だけでは、いつまで治療を継続できるかわからない。県立福島医大では、当分派遣できる状況に無いと言う。医師の確保が大きな問題となる。院長が、八方手を尽くして医師を探している。しかし、従来からの医師不足に加え、この混乱の中では簡単には見つからない。とにかく現状で頑張るしかない。相双地方で透析治療が可能な病院は、当院と公立相馬総合病院だけとなっている。仙台方面への交通も確保されていない状況では、今後はまったく予測がつかない。ただ、1日1日を頑張るだけである。     午後4時頃、市から非常食のアルファ米が届けられる。これで入院患者の食事は確保できた。職員にも配布し、院内各所でアルファ米の食事会となった。入院患者は、徐々に退院して行っている。空いた病室を医師、看護師の宿泊室とする。看護部は、本日で6名が避難した。夕方になり、また雪となる。    午後4時 放射線量 2.0マイクロシーベルト毎時 外来患者数 128名 入院患者数  78名(第一病棟 38名、第2病棟 40名)


    3月17日(木)

    市からの午前8時30分現在の放射線量2.0マイクロシーベルト毎時を院内に掲示することから、本日の業務が始まる。急患・救急対応。朝から薬を求める患者が大勢やってくる。被災直後処方した薬がそろそろ切れるころだ。南相馬市からも原発避難者が大勢来院する。     原発は相変わらず悪化しており、使用済み核燃料プールの水位が低下している3号機に自衛隊のヘリコプターで消火バケットを使って水をかける方針を、しきりに報道している。今日は風が強い。狙い道理行くのかどうか。素人判断ながらはなはだ疑問だ。政府では周辺地域に被害が拡大し直ちに影響が拡大するようなことは無いようなことを発表し、あるTV局では初めて名前を聞くような"評論家"が、原発の現状は極めて危険な状況だと解説するし、何が正確な情報で、状況はどうなっているのか全く分からない。何となく危険が近づいているような、不安を駆り立てられるような状況だ。 南相馬市は、ついに市民の避難を決心したようだ。新潟県がバスを派遣してくれたらしい。公園に市民が集合し、バスに乗り込んでいる映像が報道される。職員も不安感を覚えているのだろうが、それを態度や表情には表わさず、勤務に励んでいる。 お昼頃に市役所から連絡が入る。ガソリンが入ったので、福祉施設や介護施設、医療関係に配給するという。直ちに市役所に行き、配給のチケットと指定されたガソリンスタンドへの通行証の交付を受ける。県内各地域でガソリンが手に入らない状況の中で、1台当り20ℓ限定で総量はわずかだが、こんなに早くガソリンが手に入ったことは、夢のようだ。帰りに市民会館前で救援物資を市民に配給していたので、患者用の紙おむつを貰って帰る。 病院へ帰り、さっそく給油を開始した。まず、病院救急車、患者輸送用バスなど、病院所有車を優先して給油する。その後、職員のうち遠距離からの車通勤者、ほとんど残量の無い職員などを優先して給油を行った。当法人の老人介護保健施設ベテランズサークルの職員にも併せて給油を行った。明日からも当分の間、供給可能ということなので、各職員の残量をみながら、配分していくことにする。   薬品や医療材料を購入している業者とも連絡がつき始めた。しかし、地震の影響で東北地方への物資の供給が途絶えていることと同時に、福島、宮城、岩手の各県にある工場が被災していることなどが合わさって、物資の調達ができないらしい。さらに、放射線を警戒し、相馬方面には近づかないようにしているらしく、配送を断られる。その中で1社だけは、薬品の納入を了解してくれる。南相馬市の営業所を閉鎖し、そこに在庫してあった薬品を運んで来てくれた。これから福島市に移動し、今後は福島から運んでくれるとのことで、一定の薬品の確保が見込めるようになった。しかし、食材もほとんど手に入らないが、救援物資が届くようになり、何とか食料も確保できそうだ。近所の方が自宅で栽培している野菜などを持ってきてくれる。   透析治療は、一昨日に透析液などが納入され今月中の治療の見込みも立ち、上水道も問題なく機能しているので、順調に推移している。しかし、津波により、3名の患者が被害者となり、放射線に対する不安で7名が自主避難したらしい。犠牲者の方に哀悼の意を表するとともに、避難者が無事帰郷できるよう祈る。


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